ここがポイント!
- 労務DXの失敗はシステム自体の問題ではなく、自社の業務や制度理解が不十分な導入前の準備不足が原因。
- 業務全体の俯瞰を行わずにシステムを選定し、標準運用や業務フロー、権限設計を決めないまま進めてしまう。
- 派遣社員や休職者、メールアドレスを持たない従業員など、例外運用への対応が抜け落ちることも失敗の要因。
勤怠管理や給与計算、社会保険手続きなどをクラウドシステムに置き換える「労務DX」に着手する企業は年々増えています。
しかし、システムを導入したものの現場で定着せず、結局エクセルでの二重管理に戻ってしまったという声も少なくありません。
こうした労務DXの失敗企業には、いくつかの共通点があります。
失敗の多くは、実は「システムの機能が足りなかったから」ではなく、導入前の準備段階に原因があります。
本記事では、労務DXでつまずく企業に共通するポイントを整理し、担当者が押さえておくべき視点を解説します。
1. 労務DXの失敗は「システム選び」ではなく「進め方」に原因がある
労務DXの失敗というと、つい「機能が自社に合わなかった」「使いにくかった」といった、システムそのものの問題だと捉えられがちです。
しかし実務の現場でよく見られるのは、制度が複雑なまま導入を進めてしまい、結果として高機能なシステムであっても現状の運用に組み込めないケースです。
つまり、導入がうまくいかない理由は操作の難しさではなく、自社の制度理解が不十分なまま進めてしまうことにあるといえます。
また、従業員がメールアドレスを持っていないなど、クラウドツール導入以前の段階でつまずく企業もあります。
業界や職種によってITリテラシーの差が大きく、画一的なデジタル化が難しい現場も多いのが実情です。
つまり労務DXは「良いシステムを選べば成功する」という単純な話ではなく、自社の業務・制度・従業員構成を正しく把握したうえで進める必要がある取り組みなのです。
メールアドレスを持たない従業員への対応については、以下の記事もあわせてご参照ください。
2. 労務DXでつまずく企業に共通する3つのポイント
労務DXが定着しない企業では、システム導入前の進め方に共通した課題が見られます。
業務を十分に整理しないままシステムを選定したり、運用ルールや例外対応を決めないまま導入を進めたりすると、高機能なシステムでも十分な効果を発揮できません。
ここでは、特に押さえておきたいポイントを紹介します。
業務全体を俯瞰せずにシステムを決めてしまう
DXが進まない企業の多くは、自社の労務業務全体を俯瞰しないまま、「どのシステムが良いか」という選定を先に進めてしまう傾向があります。
本来であれば、どの部門がどの書類をどのタイミングで扱い、誰の承認や確認を経ているのかを一覧化し、重複や無駄がないかを検証する工程が欠かせません。
しかし現場は日々の業務に追われており、業務可視化の必要性は感じていても手が回らないという声が多いのも事実です。
システム選定の観点でも同様の指摘があります。
人事システムの選び方に関する解説では、現状のアナログ業務を洗い出し、業務フローを書き出したうえで、どこに・誰に・どの程度の負荷がかかっているかを可視化・数値化することが導入の最優先事項とされています。
このような業務全体の俯瞰を行わないまま、ベンダーの提案やコストだけでシステムを選定すると、運用開始後に「自社のやり方に合わない」という齟齬が表面化しやすくなります。
「標準運用・業務フロー・権限」を決めないまま進めてしまう
システムを導入する前には、「標準運用」「業務フロー」「権限設計」の3点を整理しておくことが重要です。
これらを決めないまま導入を進めると、現場の混乱や運用ルールのばらつきにつながるおそれがあります。
標準運用を先送りにする
複数の拠点や部署で異なるやり方が定着している企業ほど、「どの運用を標準にするか」を決めずにシステムを入れてしまいがちです。
人事システム導入を手がけるベンダーの解説でも、システムを導入すると業務フローは大きく変わるため、変更点を共有せずに進めると現場が混乱し、定着が進まない原因になると指摘されています。
そのため、部署ごとに異なる運用を見直し、標準的な運用ルールを決めてからシステムへ落とし込むことが重要です。
標準運用を決めないまま各部署の従来のやり方をそのままシステムに持ち込もうとすると、結局はカスタマイズ費用がかさむか、現場ごとに異なる使い方が残ってしまいます。
業務フローを可視化しないまま進める
勤怠管理を例に取ると、「いつ」「誰が」「どのような作業を」「どのような状況で行うのか」を明確にすることが業務フロー策定の基本とされています。
出退勤の打刻は従業員本人、承認は部門管理者、最終的な管理は労務担当者というように、作業を担う人が業務ごとに異なるため、正確な洗い出しが欠かせません。
この整理を省いてシステムに業務を当てはめようとすると、承認ルートの設定ミスや、誰が何を確認すべきかが曖昧なまま運用が始まってしまうことになります。
権限設計を後回しにする
人事・労務情報は従業員の個人情報や給与情報など機密性の高いデータを含むため、役職や所属部署、担当業務などに応じてアクセス権限を細かく設定し、必要最低限の従業員のみが機密情報にアクセスできる環境を構築することが求められます。
また、内部統制の観点からは、誰に承認や決裁の権限を付与するかという設定自体を管理する「システム管理者権限」と、フォームや経路の作成・変更を担う「運用管理者権限」を分けて設計することが重要です。
導入後に「誰が承認者になるのか」「異動時に権限をどう引き継ぐのか」といった設計をその都度その場しのぎで決めていくと、後から権限の不整合や情報漏えいリスクが顕在化しやすくなります。
労務システム導入時のセキュリティ対策については、以下の記事もあわせてご参照ください。
例外運用への対応が抜け落ちる
標準運用を設計しても、実際にはすべての従業員が同じ運用で管理できるとは限りません。労務DXでは、例外的なケースへの対応も事前に整理しておく必要があります。
労務DXが頓挫する大きな要因の一つとされるのが、標準的な正社員雇用を前提にシステムを設計してしまい、例外的な雇用形態や状況への対応が漏れることです。
派遣社員については、雇用契約を結ぶ派遣元と、実際の指揮命令を行う派遣先とで管理責任が分かれます。
賃金支払いや年次休暇の付与は派遣元が責任を負う一方、派遣先で時間外労働や休日出勤が発生した場合の割増賃金の支払いも派遣元が行う仕組みになっており、派遣元・派遣先双方で勤怠データを突き合わせる作業が発生しやすく、データの重複や整合性の確認に手間がかかる側面があります。
出向者についても管理責任の分担が複雑です。
出向者の地位・処遇に関する事項は出向元が責任を負い、労働時間や休憩、休日、労災といった労働条件や安全配慮義務に関する事項は出向先が責任を負うのが基本とされています。
さらに勤怠管理システムの利用についても、出向先の勤怠管理システムに出向者をユーザー登録して利用することが多くみられますが、出向先がシステムを導入していない場合は出向元のシステムをそのまま利用し、出向先の労務担当者に管理権限を付与したユーザーとして登録するといった回避策が採られるケースもあります。
休職者についても、年次有給休暇管理簿への記録など、就業していない期間の扱いを制度上どう位置づけるかを事前に決めておかなければ、システム上のステータス管理が曖昧になりがちです。
出向元においても年次有給休暇管理簿の記録は必要とされ、「出向者につき当該年度の取得がない」などと付記する運用が求められます。
これは休職者にも通じる考え方で、稼働していない従業員のデータをどう保持・表示するかをルール化しておく必要があります。
メールアドレスを持たない従業員への対応も見落とされやすいポイントです。
クラウドツールの導入以前に、従業員がメールアドレスを持っていないという問題に直面する企業もあり、労務DXは対象となる従業員層を選ぶ側面があると指摘されています。
グループ会社間での運用統一も課題になりやすい領域です。
従来は各社ごとに個別最適化されていた人事システムも、経営資源を横断的に活用するためにはグループ統合が不可欠とされる一方で、各社の就業規則や運用の違いを吸収しないまま統合を急ぐと、かえって現場の混乱を招きます。
労務BPOの活用を紹介する解説でも、育休中の給与計算や手当調整などの例外処理は依然として人手による対応が必要であり、システム導入によってすべての課題が自動的に解決するわけではないと指摘されています。
このように、労務DXでは標準的な運用だけでなく、多様な雇用形態や勤務形態を前提とした例外運用が数多く存在します。
すべてをシステムで吸収しようとするのではなく、「どこまでを標準運用とし、どのケースを例外として個別対応するのか」を導入前に整理しておくことが、運用開始後の混乱を防ぐポイントです。
3. 労務DXを失敗させないために――導入前に決めておくべきこと
労務DXの失敗は「システムの機能が足りなかった」ことよりも、導入前に決めておくべき土台を固めないまま進めてしまうことに起因するケースが大半です。
導入前には、次のようなポイントを整理しておくことが重要です。
- 業務全体を俯瞰し、どの業務をどこまでシステム化するのかを明確にすること
- 標準運用・業務フロー・権限設計という「型」を決めたうえで、システムの機能要件に落とし込むこと
- メールアドレスを持たない従業員や派遣社員、出向者、休職者、グループ会社など、例外運用が必要なケースを洗い出すこと
- 標準運用と例外運用の境界を明確にし、それぞれの対応方法をルール化しておくこと
システムだけでは吸収しきれない例外対応については、人事BPOなど外部の専門チームによる補完も選択肢の一つとされています。
労務DXは、単にツールを入れ替える作業ではなく、自社の労務管理のあり方そのものを見直す機会でもあります。
機能比較に時間をかける前に、まずは自社の業務・制度・従業員構成を棚卸しすることが、遠回りのようで最も確実な成功への近道といえるでしょう。
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