少子高齢化の進行に伴い、育児や介護をめぐる働き方のニーズは年々多様化しています。
こうした背景を踏まえ、2025年4月からは「育児・介護休業法」や「雇用保険法」などに大幅な改正が加えられ、企業側にも新たな対応が求められるようになります。
本コラムでは、今回の法改正の背景と目的、企業が押さえておくべき主要な変更点、そして実務に与える影響について解説します。
目次
1. 働き方を取り巻く環境の変化と、法改正の全体像
少子化と高齢化が同時に進む中、育児と介護の両立支援が労働政策の重要課題となっています。
政府は男性の育児参加の推進や、介護離職の防止、さらに柔軟な働き方の実現を目指しており、今回の法改正もその一環として位置づけられます。
また、人的資本経営の視点からも、従業員のライフステージに応じた支援体制の整備は、企業の持続的成長に欠かせない要素となっています。
2. 育児・介護休業制度の主な改正点
2025年4月施行の改正により、育児・介護に関する休業制度が大きく見直され、企業に求められる対応も広がっています。
男性の育休取得促進や、育児・介護と仕事の両立支援に関する給付制度の新設、制度利用を後押しする社内体制の整備義務など、実務への影響は多岐にわたります。
育児・介護休業法の概要や改正内容についての理解を深めたい方は、以下の記事もあわせてご参照ください。
育休取得の公表義務(企業規模別)
育児は母親だけの役割ではなく、父親も積極的に関与すべきという認識が社会全体で高まっています。
こうした流れを受け、男性の育児休業取得を後押しするため、企業に男女とも育休取得の義務が課されます。
- 従業員数301人以上の企業
育児休業の取得状況(男女別)を毎年度、公表する義務が課されます。公表内容は厚生労働省の指針に基づき、社内外にわかる形で開示する必要があります。
- 従業員数101人以上の企業
男性の育児休業取得率に関する「数値目標」の設定が義務化されます。目標は自主的に設定できますが、形骸化を防ぐため、実効性のある内容が求められます。
政府は2025年度までに男性の育休取得率を50%に引き上げる目標を掲げており、企業側の積極的な取り組みが強く求められています。
産後パパ育休に伴う給付の新設
2022年に制度化された「産後パパ育休」は、出生直後の最大4週間、柔軟に分割取得が可能な制度として注目されています。
今回の法改正では、この制度を実質的に利用しやすくするため、「産後パパ育休給付金」が新たに創設されます。
これは雇用保険から支給される給付金で、育休中の賃金の一定割合(67%を想定)を保障するものです。(図1)
図1
出典:厚生労働省_育児休業、産後パパ育休や介護休業をする方を経済的に支援します
従来は「無給」での取得がハードルとなっていたケースも多く、特に単身収入世帯では収入減がネックになっていました。
今回の給付金により、収入面の不安が大きく軽減され、より多くの男性が「出産直後からの育児」に参加しやすくなると期待されています。
産後パパ育休の制度内容や施行前の経過措置に関する詳細は、以下の記事もご確認ください。
第59回
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公開日:2024年11月11日
【前編】2025年4月、雇用保険の新たな2つの給付金
施行日前からの産後パパ育休の取得者や時短勤務者の経過措置は?
時短勤務者への所得補填
育児と仕事の両立のために「時短勤務」を選択する従業員は少なくありません。
しかし、所定労働時間が短くなることで収入が大幅に減少し、結果としてフルタイムに戻らざるを得ないケースも存在します。
このような現状を踏まえ、今回新設されたのが「育児時短就業給付」です。
育児のために短時間勤務を選択した労働者に対し、雇用保険から一定額の補填を行う制度であり、就業形態の柔軟化と、働き続けやすい環境づくりを後押しします。
制度導入により、出産後のキャリア継続や、離職率の抑制にもつながると見込まれており、企業にとっても安定した人材確保の面で大きな意味を持つ施策です。
参照:厚生労働省_2025年4月から「育児時短就業給付金」を創設します
看護・残業免除の対象年齢引き上げ
これまで「看護休暇」や「時間外労働・深夜業の制限」は、小学校就学前までの子どもを対象としていましたが、今回の改正により、小学校3年生の年度末までに対象が拡大されました。(図2)
図2
育児に関しては、「就学前=手がかかる時期」という前提に基づく制度設計が中心でしたが、実際には小学校入学後も子どもの急な発熱や学校行事、学童の送り迎えなど、親の支援が必要な場面は多く存在します。
今回の見直しは、実態に即した制度強化であり、特に学齢期に差し掛かった子どもを持つ家庭への配慮が評価されています。
企業側としては、制度適用の対象者が広がることにより、就業規則や社内ガイドラインの見直しが必要となるため、早めの準備が求められます。
介護者への個別支援の義務化(ヒアリング・制度案内など)
介護と仕事の両立は、今後ますます重要な課題となります。今回の改正では、企業に対して介護支援の具体的な義務が明確に定められました。
主な支援内容は以下の通りです
- 介護を担う可能性のある従業員に対する個別ヒアリングの実施
従業員が一人で悩みを抱え込むことなく、会社と共に対応を検討できる環境をつくる。 - 介護支援制度の案内・説明の実施
社内にある制度(介護休業・時短勤務・フレックス制度など)をわかりやすく説明し、利用促進を図る。 - 業務量の調整など利用に向けた配慮の実施
制度の「使いやすさ」を担保するために、上司や部署内での調整を支援する仕組みづくりが求められます。
さらに、40歳に達した従業員に対しては、介護に備えた情報提供を行うことも推奨されており、介護離職の予防に向けた「事前対策型」の取り組みが重要となります。
3. 雇用保険制度の見直しポイント
雇用保険制度において、2025年度から複数の重要な見直しが予定されています。
財政の健全化や労働環境の変化に対応するため、保険料や給付の仕組みに変化が加えられることにより、企業にも実務的な影響が及ぶ可能性があります。
保険料率の引き下げ
2025年度より、雇用保険料率が引き下げられる見込みです。
労働者と事業主の双方が負担する保険料の合計が軽減されることで、個人の手取り収入の増加や、企業の人件費負担の軽減といった効果が見込まれています。(図3)
図3
出典:厚生労働省ハローワーク_事業主・被保険者の皆さまへ 令和7(2025)年度 雇用保険料率のご案内
とくに人件費が重くのしかかる中小企業にとっては、この変更により雇用の維持・拡大に対する心理的ハードルが下がる可能性があり、人材確保や定着率向上への一助としても注目されます。
なお、引き下げ後の料率は年度ごとの財政状況を踏まえて決定されるため、今後の動向にも注意しましょう。
高年齢雇用継続給付の支給率見直し(10%へ)
60歳以降も就業を継続する労働者に対し、賃金低下を補う目的で支給されていた「高年齢雇用継続給付」について、支給率が現行の賃金差額の15%から10%に引き下げられます。
これは少子高齢化の影響で制度財政の持続性が課題となっていることを背景に、段階的な見直しが進められているものです。
企業側としては、継続就業の魅力が薄れることで高齢人材の離職リスクが高まる可能性もあるため、代替的なインセンティブ設計や職務内容の再整理が求められます。
また、同給付を前提とした賃金体系を採用していた企業にとっては、制度変更に伴う賃金再設計や人件費見直しが必要となる場合もあります。
参照:厚生労働省労働局・ハローワーク_令和7年4月1日から高年齢雇用継続給付金の支給率を変更します
高年齢雇用継続給付の制度全体や、段階的な縮小の背景については以下の記事もあわせてご参照ください。
自己都合退職者への給付制限の短縮と早期支給
これまで自己都合で退職した労働者に対しては、失業手当(基本手当)の受給開始までに原則3カ月間の給付制限が設けられていましたが、これが原則2カ月へと短縮されます。
この見直しは、急速な労働力不足への対応と、失業から再就職へのスムーズな移行支援を目的としています。転職活動に伴う経済的な不安が軽減されることで、キャリアの選択肢が広がり、ミスマッチの解消にもつながると期待されています。
ただし、「自己都合」とされる理由や退職の経緯によっては、従来通り3カ月の制限が課されるケースもあるため、企業の人事担当者としては退職時の説明責任や記録の整備がより重要になります。
参照:厚生労働省都道府県労働局・ハローワーク_令和7年4月以降に教育訓練等を受ける場合、給付制度が解除され、基本手当を受給できます
雇用保険制度に関する2025年の改正内容の詳細や新たな給付制度については、以下の記事でも解説しています。
4. 実務担当者がとるべき対応策
制度改正に的確に対応するためには、企業側においても早期の準備と体制整備が求められます。必要となるのが、就業規則や社内制度の見直しです。
法改正によって新たに義務化される事項や、給付制度の新設に合わせた規程の整備を行い、法令違反とならないよう管理体制を整える必要があります。
加えて、改正内容が実際に現場で活用されるためには、従業員に対する周知と研修の実施も欠かせません。
対象となる従業員だけでなく、管理職や人事担当者に対しても、制度の趣旨や利用条件について丁寧な説明を行い、誤解や運用上の混乱を防ぐことが重要です。
また、新たな給付制度や短時間勤務・柔軟な働き方への対応が求められる中で、給与計算・勤怠管理システムの再構築も視野に入れる必要があります。
システム上での対応が不十分であれば、給付の申請漏れや処理ミスが発生し、従業員の不信感にもつながりかねません。
さらに見落とされがちではありますが、職場全体の風土改善も非常に重要な要素です。
制度が整っていても、育児や介護に関する休暇が「取りづらい」雰囲気が残っていれば、実質的な利用は進みません。上司の理解を促進し、業務分担の再設計やチーム内のサポート体制を強化することで、従業員が安心して制度を利用できる環境をつくることが求められます。
制度面と風土面の両輪での取り組みは、結果として従業員の定着率向上や採用活動における企業イメージの向上にもつながります。今回の法改正を単なる対応業務にとどめず、自社の人事制度全体を見直す契機と捉えることが、これからの人的資本経営にも資する重要な視点といえるでしょう。
まとめ
以上、2025年4月施行の育児・介護休業法等の改正について解説しました。
今回の改正では、育児・看護休暇の対象拡大や、企業に対する取得状況の公表義務・目標設定義務の導入、柔軟な働き方の推進など、企業の対応範囲がこれまで以上に広がります。
特に300人超の企業には情報開示義務、100人超の企業には取得目標の設定が求められるなど、組織規模に応じた実務対応が不可欠です。
制度改正の背景には、男性の育児参加促進や、働きながら子育て・介護ができる職場環境づくりといった、長期的な社会課題の解決があります。
人事・労務担当者は、制度内容を正しく把握し、自社の就業規則や運用体制の見直しを早めに進めていくことが重要です。
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