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労基法改正のゆくえ
~労働市場改革の「真意」を読み解く ― 規制緩和と健康確保の新たな均衡点

公開日:2026年4月8日

1. なぜ改正の議論は「官邸」へと引き継がれたのか

現在、企業を取り巻く雇用環境は大きな転換点を迎えています。本来であれば、2019年に施行された働き方改革関連法の「5年後見直し」として、2025年の通常国会に労基法改正案が提出される予定でした。しかし、このスケジュールはいったん白紙となり、議論の舞台は厚生労働省の労働政策審議会(労政審)から、政府直下の「労働市場改革分科会」へと移されました。

2026年3月11日に開催された第1回分科会では、これまでの「労働者保護」という枠組みに加え、日本経済の成長戦略と連動した「労働市場の流動化」や「生産性の向上」が主要なテーマとして掲げられました。

このような動きに対し、労政審側からは「労働政策は公労使の三者構成がグローバルスタンダードであり、労政審が官邸の下請け機関になってはならない」といった懸念の声も上がっています。しかし、事実として、今後の労働法制は経済政策としての側面を強めていく可能性があります。企業は、単なる法令遵守(コンプライアンス)を超え、経営戦略としての「働き方」を再定義する局面を迎えたともいえます。
※以下で紹介する内容には、現時点での検討段階のものも含まれており、今後の法改正の過程で変更される可能性があります。

出典:内閣官房 日本成長戦略会議(第2回)資料2 分野横断的課題への対応の方向性 5.労働市場改革

2. 「働く場所と時間」の解体:柔軟な働き方を阻む「壁」をどう取り払うか

今回の改正で検討されているのは、画一的な労働時間管理の緩和策です。総理が施政方針演説で掲げたのは、以下の3点です。

  1. 副業・兼業における「割増賃金の通算ルール」の撤廃
    現行法では、異なる事業主間でも労働時間を通算して割増賃金を算定しなければならず、これが企業の副業解禁や外部人材活用の大きな足かせとなっていました。この通算ルールの見直し(撤廃を含む)が検討されており実現すれば、事務負担が激減するだけでなく、社員が自律的にスキルを磨き、外部知見を自社に持ち帰る「リスキリングの循環」が加速します。
  2. 裁量労働制の対象業務のさらなる拡大
    裁量労働制のさらなる活用も重要な論点です。2024年4月にM&Aアドバイザー業務が追加されたように、高度な専門職に対して「時間ではなく成果」で評価する仕組みを広げようとする動きが続いています。
    裁量労働制は、実労働時間にかかわらず「労使であらかじめ定めたみなし労働時間に基づき労働したもの」とみなす制度であり、その時間に基づいて賃金が支払われます。現行制度では、長時間労働による健康被害を防ぐための厳格な要件(本人同意、同意撤回の手続き、苦情処理窓口、健康・福祉確保措置、行政への定期報告など)が定められています。
    裁量労働制の拡大にも、健康確保措置が設けられると考えられますが、より柔軟な働き方ができる制度として注目されています。

    出典:厚労省リーフレット「企画業務型制裁労働制について」

  3. テレワークと出社が混在する日でも部分的にフレックスタイム制を可能に
    在宅勤務と出社を組み合わせる日において、現行のフレックスタイム制の制約を解消し、より柔軟な中抜けや始業・終業時刻の選択を可能にする制度見直しの検討が進んでいます。今の働き方の実態に即した「場所と時間の切り離し」が進められようとしています。

3. 「休息」の品質管理:健康確保を「人的資本への投資」として捉える

柔軟な働き方が拡充される一方で、規制の緩和とセットで議論されているのが、より実効性の高い「健康確保措置」です。

  1. 勤務間インターバル制度の義務化
    「勤務間インターバル制度」は、現在は努力義務ですが、今回の議論では義務化も含めた制度強化の議論が行われています。24時間対応が必要な部門を持つ企業にとっては高いハードルとなりますが、これを単なる規制と捉えるのではなく、翌日の生産性を維持するための「リカバリー時間の確保」という、人的資本への投資として捉え直すことが求められています。
  2. 13日超の連続勤務の禁止、法定休日の特定義務化
    「13日超の連続勤務」の禁止を含む規制強化の議論や、法定休日の特定義務化も論点として挙がっています。「4週4休」という従来の例外規定に頼るのではなく、適切な休息を仕組みとして保証することが、離職防止やメンタルヘルス対策、ひいては企業の採用競争力に直結する時代になっています。

4. ガバナンスの再構築:制度を支える「労使対話」の適正化

これらの新しい制度を有効に機能させるためには、社内の合意形成プロセスがかつてないほど重要になります。
特に、36協定や裁量労働制の有効性を左右する「過半数代表者」の選出です。形骸化した選出プロセスは、制度そのものを無効にするリスクをはらんでいます。民主的な選出方法(信任投票など)を徹底し、従業員代表を「単なる署名者」ではなく「制度運用のパートナー」として位置づけること。この透明性の高い対話こそが、企業のガバナンスを支える基盤となります。

5. 2026年夏に向けた「制度の総点検」を

政府は2026年5月のとりまとめを経て、夏には成長戦略にこれらを反映させる見通しです。その後、労政審で具体的な改正について審議されていくこととなります。

法改正を待つのではなく、今から自社の労働時間管理や休息のあり方を「総点検」すること。そして、緩和される柔軟性をどう活かし、強化される健康確保をどう仕組み化するか。自社に最適な働き方の制度を検討していくことが、重要になってきます。

本コラムの著者

北條 孝枝

北條 孝枝(ほうじょう たかえ)

株式会社ブレインコンサルティングオフィス株式会社ブレインコンサルティングオフィス
社会保険労務士 メンタルヘルス法務主任者

会計事務所で長年に渡り、給与計算・年末調整業務に従事。また、社会保険労務士として数多くの企業の労務管理に携わる。情報セキュリティについての造詣も深く、実務担当者の目線で、企業の給与、人事労務担当者へのアドバイスや、業務効率化のコンサル等に取り組むとともに、実務に即した法改正情報、働き方改革などの企業対応に関する講演も多数行っている。

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